Home / SF / Cyberlimit / 6話 ネズミと化け物

Share

6話 ネズミと化け物

last update Last Updated: 2025-10-14 08:00:52

見たくないものを見なくてはいけない。逃れようとしても決して逃げる事のない現実は確実《かくじつ》に菜園《さいえん》の心にダメージを与《あた》えようとしている。警戒《けいかい》しながら進んでいくと、部屋を切り分けるように仕切りが現れた。銘刀《めいとう》が言っていたように、一つの研究室を分散《ぶんさん》して二人で使用していた余韻《よいん》が残っている。

考えていた事、感じた事を口に出しやすい。そんな癖《くせ》を持っている菜園は、少しでも気を抜くと声を出してしまいそうになる。最初はそんな癖を持っていなかったのだが、銘刀《めいとう》と関わるようになってこうなってしまった。

作業や研究に対しての思考《しこう》を、答えを追求《ついきゅう》する時に、考えを纏《まと》めながら理解する為に言葉に変換《へんかん》していくそんな彼の姿を思い出すと、苦笑《くしょう》してしまう彼女がいる。

形上《かたちじょう》は支援者《しえんしゃ》と言う関係性を重視《じゅうし》しているが、元々二人は友人同士。学生時代からの付き合いになる。面倒事《めんどうごと》が起こるとこうやって定期的に菜園《さいえん》を動かすようになっていった。

仕切りを超えるともう一つの机が見えてきた。物が殆《ほとん》ど置かれていない代わりに、一冊の大学ノートが顔を出す。引き出しが緩《ゆる》くなっているのか、その存在に気づくきっかけを手に入れる事に成功した菜園は、音を出さないように慎重《しんちょう》にノートを取り出していく。

中身を確認するか迷ったが、念の為にパラパラと流し読みをしていく。本来の目的を忘れそうになる菜園《さいえん》。彼女にとっては銘刀《めいとう》からの依頼《いらい》だからしているだけで、個人的に姫柊《ひめらぎ》に興味が全く無い。何度か面識《めんしき》はあったが、正直どうでもよかった。

立場上、本音を言う事はないが、彼女にとってはこちらの方が優先《ゆうせん》したい事柄だったのかもしれない。この状況を彼が見たら、言葉を無《な》くすだろう。

何も書いていなければ、それはそれでいい。研究室がこんな状況《じょうきょう》になっていても隠されたように綺麗な状態を保《たも》っている。どちらにしても銘刀《めいとう》に渡す気でいるが、把握《はあく》しておきたかった菜園《さいえん》は確認せずにはいられなかった。

最初の数ページは白紙が続く、途中まで流すと、何か書かれている跡《あと》に気づく。ページ数を戻すと、元々は書き加えられていたが、消されていた。他の書類《しょるい》は基本ボールペンで書かれているが、この大学ノートだけはシャーペンで書かれているようだった。

筆跡《ひっせき》がしっかりと残っている。鉛筆《えんぴつ》が目の前にあったならすぐさま内容を確認していただろう。銘刀《めいとう》の持ち物の可能性が高いのだが、そんな事は関係ない。

自分に依頼をした銘刀が悪い、そう思いながら流し読む。最後の30ページは数字がぎっしり羅列《られつ》している。これにどんな意味があるのだろう。

パタンと閉じると、ショルダーバックに突っ込んだ。丸められたノートは窮屈《きゅうくつ》な状態で身動きが取れないようにされている。

その時だったーー

ヒュンと菜園《さいえん》目掛《目が》けて何かが飛んでくる。反応が遅れた菜園は慌てたように回避《かいひ》すると、今まで慎重《しんちょう》に動いていたのに、音を出してしまう。最悪だ、映像は確認出来ないように銘刀《めいとう》がしてくれたのに、敵側に伝わったかもしれない。

カシャーンとガラスの破片《はへん》が床に落ちる。先端《せんたん》は鋭利《えいり》な刃物のように尖《とが》っていて、見るからに加工《かこう》されているのが分かる。最善《さいぜん》の行動を心がけていたが、どうやら全て気づかれていたらしい。じゃないとこんな攻撃《こうげき》を受けるはずがない。

「へぇー、それ回避出来んのか。反射神経《はんしゃしんけい》いいな、ねーちゃん」

「……」

「そない警戒《けいかい》せんでいいやん。君が来る事は分かっていたし、微《かす》かに足音が聞こえてきたからなぁ。もうちょい慎重《しんちょう》にせんとあかんで」

声の主の姿を確認しようと目線を声の方向へと向けていく。さっきまで誰もいなかったはずの空間からひょっこり顔を出した一人の男性が楽しそうに菜園《さいえん》を見ている。両手をポケットに突っ込みながら、存在感を醸《かも》し出していく。

「君はこの業界《ぎょうかい》で有名やからね。この件にも関わると想定《そうてい》してたんや。何せあの男のお気に入りやしーしゃーないよな」

「……あんた何者?」

「やっと声が聞けたわ。可愛らしいやんか」

「はぐらかさないで」

声を出さないようにしても意味がない。そう思った菜園《さいえん》は制限《せいげん》が外れた事により、いつも以上の苛立《いらだ》ちをぶつけるように言葉を投げた。男性はそんな彼女に興味を抱いているよう。ケラケラと笑いながら、満足そうに頷《うなず》く。

「やっぱ菜園ちゃんはそうでなくちゃな。大人しいのは性《しょう》に合わんのや」

菜園の質問をスルーし続ける。見た目や雰囲気から分かってはいたが、自分のペースが崩す事のない様子を見ていると、手のひらの上で遊ばれているように思えて仕方ない。

「何で私の名前を」

「言ったやろ? 君は有名人やから知ってて当然や。ほんまはこのまま茶シバきに行きたいんやけど……仕事やから堪忍な」

緩《ゆる》やかな口調と行動が合っていない。男性はゆるりと揺れるように動きを生み出すと、距離を詰め、菜園《さいえん》の首元に包丁を翳《かざ》していく。距離があったはずなのに、気がついたら目の前に現れた事に驚いた。

「あんたには危害《きがい》を加《くわ》えたくないんや。分かってやこの恋心」

言っている意味が理解出来ない。少しでも動けば首元を刃《やいば》が貫《つらぬ》くだろう。先に行動を仕掛けるはずの菜園《さいえん》が負けている。二人は互いの視線を合わせながら、お互いの自由を奪《うば》っていった。

□□

集中していた空間に水を指してくる幻狼《げんろう》に呆《あき》れを抱くと、動かしていた手元を止めた。楽しいゲームをしていたのに、空気も読んでくれない。この男に依頼《いらい》を出した事は自分にとってデメリットだったのかもしれない。そう感じながらマイクの電源を入れた。

「あーあー。マイクテストマイクテスト。こちら皆のアイドルミーちゃんです。この放送を聞いた人は今すぐ戦闘《せんとう》を止める事、繰り返す繰り返す、直ちに戦闘から退《しりぞ》けよ」

マイクを使う事は殆どなかったが、入り込んで来たネズミと駆除要因《くじょよういん》に向けて発信するのはいいかもしれない。姫柊《ひめらぎ》を動かす為に、小型マイクを使っていたが、研究施設を制圧《せいあつ》してからは、彼を使い何度も試していた。

ミーシャは自分の事をアイドルとか、みーちゃんとかフザケた表現をする。

「ネズミちゃん、ようこそ私の楽園へーー誰かを探しているんでしょ? だったら幻狼《げんろう》、刃物を仕舞《しま》いなさいな。彼女に会わせてあげましょ」

菜園《さいえん》の感情を逆撫《さかな》でる言葉をわざと選ぶと、ほくそ笑む。映像を確認する事は出来ないが、この雰囲気を楽しむ事は可能だ。幻狼につけられている発信機の作動を確認して、この行動をおこしてたのだから。

「貴女の会いたい人はその奥にいるわ。きっと嬉しくて泣いちゃうと思うの。彼を助けれるのはネズミちゃんだけ。さぁ勇気を出して飛び込んでいきましょう。幸運を祈ってる」

言いたい事を言い尽くすと、マイクのスイッチを切り、再び手元を動かしていく。自分の欲しいものの為なら、どんな悪魔にでもなれる。彼女は人間の心を捨て、本物の化け物として生きていく選択《せんたく》したのだった。

Continue to read this book for free
Scan code to download App

Latest chapter

  • Cyberlimit   最終話 2つの物語が混ざり合う時

    過去の出来事は時間の経過と共に消えていく。なかった事にされた事実を知る者は中心人物として動いていた組織にしか分からない。一人の脳科学者ミーシャ・オン・レインが残した記録によると、元々は平和な世界だったらしい。その事に関して彼女個人の感想が書かれていた。他の人は資料を飛ばし飛ばし読んでいる為、見つける事が出来なかったのだろう。 他の資料にはきちんとした筆跡で書かれているのに、彼女の心情が描かれている所はミミズのような文字になっていて、読みにくい。何度も解読を試み、やっと一年の月日をかけて読み解く事に成功した。 「ゾンビ化って……映画じゃないんだからさ」 表現の仕方に対してツッコミをいれると、本当にミーシャと言う人物は脳科学者なのだろうかと疑問を抱くしか出来ない。もっと違う呼び方があったはずなのに、完結に簡略している。自分が彼女の立場ならもっと複雑な用語を使うし、作り出す。本人と話せる事はないのに、頭の中で彼女の妄想を膨らませていくと、笑うしかなかった。 「ほーら。皆集まって! そろそろ学校に戻るよー」 この資料館に引率として私達を束ねようとしている先生に同情する。素直に言う事なんて聞かないからだ。目の前に珍しいものが沢山あるのだから、そっちに興味を惹かれてしまう。気持ちは分かるが、話が聞こえない程没頭出来るのが少し羨ましく思えた。 「ほらほら、貴女も。資料を戻して」 「はーい」 自分は蚊帳の外だと感じていたが、そうそう気づかれてしまった。本当はもう少しこの公開資料を眺めたい気持ちがある。本来なら一般の人達がこの資料館を見る事は難しい。政府の許可が必要だからだ。規定なんてなかったら、家族に無理言って、また来るのに。それが出来ないから悔しい。 そんな私は資料を戻すとため息を

  • Cyberlimit   12話 死した体と変化した魂

    システムを起動しますーー 部屋中に機械音が流れると、警告音に切り替わっていく。何が起こっているのか把握しようとする銘刀は動けない。頭に装置を付けられているから真っ直ぐしか見る事が出来なかった。そんな彼を覗き込むミーシャは右手に持っているスイッチを押す。すると頭に大量の電流が流れ、電脳に負担を掛け始めた。強度には自信がある作りにはしているが、ここまで内部まで流されてしまうと、どうしようもない。 「貴方の記憶と記録は全て電脳のシステムに保存されているのよね。どんな仕組みで作ったのか知りたいわ……だけど残念、取り出せるものを取り出したら、電脳ごと破壊してあげるから。そうすれば貴方は自由になれるのよ」 ミーシャの瞳は邪な考えで満ちている。彼女が何を欲しがっているのか理解出来ない銘刀は反発しようとするがそのたびに電流が流されていく。体に繋がっている電脳が破壊されると言う事はその体は抜け型同然。今までのように生きる事も愚か、心も全て消えていく。もしミーシャがシステムを取り出す為にこのような行動に出たのなら、それは失敗に続く未来しか編み出せない。 痛みを感じる事はないはずなのに、この電流は普通のものとは違うらしい。電脳はまるで本物の脳みそのように震えながら、頭痛を引き起こしていく。この痛みは体と電脳の繋がりが弱体している証拠でもあった。 「それじゃあ、取り出しましょうか」 ふふふと喜びの感情を噛み締めながら、機械に付け加えられているボタンに手をかけた。ゆっくりと押すと視界も感覚も考える脳の存在も最初からなかったように、無の世界へと吸い込まれていく。最後に感じたのは痛みとは程遠い感覚だった。 ピクリとも動かなくなった銘刀を見下ろしながら経過を観察しているミーシャ。機械に備えられているボタンは電脳から記憶と記録を取り出す装置だった。これを起動させる事により、空っぽになった電脳は活動を止め、連動するように肉体も停止した。システムを特殊な構造で作られているパソコンに取り込まれたのを見ると、その中身を一つ一つクリックしていく。 沢山の数字と溢れかえる情報、そして銘刀として生きた証、彼の記憶が映画のように流れていく。ここまで完璧に取り込む事に成功したのは初めてだった。現実世界にそぐわない人間を選別し、牢獄と名付けた仮想空間の世界へ幽閉する。選ばれた人間達は溢れかえったゾンビを

  • Cyberlimit   11話 闇の作った道を誘導する幻狼

    ミーシャのコレクションとして保管されているユメはカプセルの中で存在保っている。この姿を銘刀に見せる訳にはいかない。ゾンビ化の進行を遅らせる為に複数の薬を投与し、観察をしている。研究者の一人、塹壕はユメに対しての権限を一任されている。彼女は菜園として行動を示したユメに鎮静剤《ちんせいざい》を打つと銘刀へとある人物を使者として派遣する。 用心棒でもあり、協力者でもある。沢山の立場を含みながら邪魔する人間を排除する要因として使っている幻狼《げんろう》だった。真っ黒な制服に身を投じている幻狼は、スーツに着替えるとなるべく真面目そうに取繕う。話をしたら全てが台無しになる事を見越して、標準語を話すように指導を受けている。 「俺にこんなしゃべりを求めるん、無理やで」 「無理か無駄になるかは幻狼、貴方次第よ。最悪の場合、話さない」 「……へいへい」 菜園の外見があんな状態になっていなかったら、ユメを行かせただろう。異変に気づかれる可能性は低く、彼女の言葉なら銘刀は安心して言う事を聞いてくれる。彼の近くには皆川刑事がいる。皆川刑事の妹と銘刀が付き合うようになって家族ぐるみの関係性を築き上げてきた過去がある。ある研究を進めていく事で彼女を失うなんて、誰も想像しなかっただろう。 「皆川風間……凄く邪魔ね」 ポツリと呟く言葉を捉えた幻狼はニヤリと微笑みながら、新しいおもちゃを手に入れるチャンスが舞い込んでくる予感を感じていた。銘刀に興味があるのはミーシャだけ。その身近で傍観者として存在している風間に興味を示していく。 「あんたは俺に任せたらええ。邪魔なもんは全て消すだけや」 口ではそう言っているが、本心は違う。その事に彼女は気づいている。指摘も反応もせずに流れるままに委ねていく。時間が限られているから

  • Cyberlimit   10話 悪意から誕生したもう一人の彼女

    銘刀《めいとう》は自分の知らない所で何があったのかを把握出来ない。当然だろう……目の前で起こっていない物事を手にする事など出来ない。操られている菜園に違和感を感じる事が出来ない。まるで彼女自身と話しているような演技を展開していた。ミーシャは彼女の名前を切り刻むと、新しい人生を与えるように名前を渡した。 「貴女の名前は今日からユメ……素敵な名前でしょう?」 どんな意味を取り付けて名前を考えているのだろうか。全くの別人としての人生を手に入れたユメは菜園として銘刀の前に出ていく事を決断していく。本来なら自我は発生しないはずなのに、子供のように笑い続けながら全ての景色を楽しんでいる彼女を見て、不思議な気持ちになっていくミーシャがいる。 「……貴女は特別な存在なのね、きっと。あの男を私へと導いてくれたらご褒美をあげましょう」 ご褒美の言葉が何を意味するのかを理解出来ないユメは無表情に切り替わると首をゆっくりと傾げていく。その様子は子供に返ったように見えた。知識も知恵も何もかもを失った彼女をまるで自分の娘のように抱きしめ、囁いた。ユメにとっては魔法の言葉でも、銘刀にとっては破壊を意味する内容だったのだ。 全てを景色は音のように崩れて地面の一部として吸収されていく。それはまるで夢幻楼《むげんろう》のように儚く美しい。投げられたボールは銘刀へと向けられ、叩きつけられていく。痛みがあるはずなのに、彼は全ての感覚を遮断すると、人としての心を捨てるしか方法を編み出せない。 あの通話がこの環境を作り出した要因でもある。どうして気づく事が、見抜く事が出来なかったのだろうと、過去の自分に言いつけない気持ちが膨れ上がっていく。あそこまで本人の話し方や癖、そして会った時の対応の仕方を完璧にコピーしていたユメだから彼を騙す事が可能だった。 ユメは菜園として彼の信用を安定的なものにすると、怪しい

  • Cyberlimit   9話 作られた物語と隠れた真実

    銘刀《めいとう》は通話ボタンを押すと、ゆっくりと耳を当て確認する。菜園《さいえん》の名前が表示されているが嫌な予感が走って鼓動が落ち着かない。こんな事は今まで一度もなかった。彼女の元気そうな声を聞けばその考えも消えていくのかもしれない。そう思い込む事で自分の安定を保とうとしている様子だった。 「……もしもし」 「やっと出た、遅かったね」 「菜園か?」 「何よ、私の声も忘れちゃった訳?」 普段と変わらない菜園の声を聞いて胸を撫で下ろしている。くるくると変化する銘刀の表情を隣で見ていた風間は、珍しい事もあると想いながらその様子を観察していた。自分から指名しておいて、そこまで過保護になる必要があるのだろうか。銘刀が何を思い、何を考えているのか分からない。不透明な気配の裏側で銘刀達にとっての闇が襲いかかろうとしている事実に気づく事なく、対話を続けていく。 考える事に集中していた銘刀は、思った以上に疲れていたらしくボンヤリと視界が霞んでいる。彼の瞳と彼女の眼差しが重なりながら、スマホの音が襲い来る恐怖を奏でようとしていたーー 彼女の耳奥から入り込んでいったウィルスに感染している生物が菜園の脳みそを書き換えていく。彼女の基本の行動を一つのデーターに纏めると、意識と精神を肉体から分離させ乗っ取っていく。最初は菜園の意識が強く拒絶し、侵入を止めようとしていた。ウィスル生命体カムニバル。脳科学者ミーシャが銘刀の作り上げた研究を形にする為に生み出してしまった存在。 対象となる少人数の人物にチップとして埋め込む事により数分から数時間で感染してしまう驚異的な兵器だ。ミーシャは自分の身を守る為にシャットダウンと呼ばれるワクチンを装着済み。親には決して攻撃をする事はない。シャットダウンを埋め込んでいる人間の思考命令により、自由自在に扱う事が出来る。

  • Cyberlimit   8話 禁忌の研究

    菜園《さいえん》の連絡を待っている銘刀《めいとう》は中断された攻撃に不信感を抱いていた。自分の情報を守る為に対応に追われていたが、急に動きが止まった。それから過去の研究資料を探りながら定期的に様子を見ていたが、何のアクションもない。指を動かし続けていた銘刀《めいとう》は、考え込む時間を作る為に全ての作業を中断させていく。「終わったのか?」「まだだ……ちょっとな」誤魔化《ごまか》す言葉も思いつかない様子。そんな銘刀を不思議そうに見つめている風間《かざま》は自分用に買っていたブラックコーヒーを彼に差し出した。「少し休んだ方がいい。姫柊《ひめはぎ》の方は菜園《さいえん》が向かったんだろう? 彼女に任せとけば大丈夫」少しでも不安が残らないようにと配慮《はいりょ》を見せてくる風間《かざま》。そんな彼の言葉に反応を示すと、気に入らないよう。バッと缶コーヒーを掠《かす》め取ると、すぐさま飲み干していく。本来ならブラックは飲まない銘刀《めいとう》だが、こんな状況だからこそ贅沢《ぜいたく》は言ってられない。「おいおい。ゆっくり飲めよ。じゃないと休憩《きゅうけい》出来ないだろ、性格上」「俺に休憩を求める事が間違っている。作業している方がいい気分転換になる」何をムキになっているのだろうか。銘刀の機嫌《きげん》を損《そこ》なう言葉なんて言った覚えはない。振《ふ》り絞《しぼ》る記憶を辿《たど》りながら、一つの可能性に辿り着いた。銘刀はさっきの言葉が気に入らないのではないだろうか。菜園《さいえん》の能力を買って言った言葉が違う意味として捉《とら》えられているのではないか。そう考えると、無機質《むきしつ》な雰囲気を醸《かも》し出している銘刀《めいとう》でも改めて人間だと知る。菜園《さいえん》に対しての信頼が深いからこそ、触れられて欲しくなかったのだ。彼女はそれほど銘刀に認められている存在だった。いつもなら菜園《さいえん》から連絡が入ってくる時間だ。姫柊《ひめらぎ》を助け出す事がメインだが、それ以

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status